俺に音楽は欠かせない!

歌いたい♪ただ、それだけなんだ!でも、生きるっていろんなことがあるよね?

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頭の整理のため、思いついたことを書きます。
見にくいのご了承ください。

今日は、お盆開けのレッスンということで
今月は特別に2コマ分やった。腹にかなりきいたw
まだまだ、ホントに青いなぁと思う。スタッカートがうまくいかない。
口が勝手に閉じてしまう。ブレスのコントロールが出来てないから
息の吐き出し方が一定じゃない。腹の動き→喉の開き→口の開き固定が
連動してないから、ピッチもゆがむ。ホントにどうしよもない。
帰りにF氏に会った。すごい人だといつも思う。
よさこいの曲を作ってた。作曲の話をしたら、横でピアノを
ひいてくれた。ある曲のコードプログレッションを見せてくれたが
やはり、ピアノを弾けない俺には痛かった。
この瞬間、また俺は一つの後悔をした。いや、前から思っていたことだが。。
なぜ、音楽を昔からやっていなかったんだろう。
これは、前に家庭教師をしているときもそうだった。
自分の教え子(小3)がピアノを習い始めたのだった。
なぜ、自分も小さな頃から音楽に触れていなかったんだろう。
家には、ピアノがあったのに。
その教え子が羨ましいと共に、自分にすごい腹が立った。
音楽に興味を持ち始めたのは、中学の頃。
友達にえっちゃんという、とても歌がうまい奴がいた。
その頃、俺は体が弱かったり、精神的にも内気で
体育会系とは決していえなかった。部活も文化系だった。
でも、どうにか自分を変えたかった。だから、中3のときに
応援団長をやったことがあった。応援で声をはりあげるだけではなく、
変声期でもあり、カラオケにもよく行ってたため、毎日声が変だった。
でも、歌うのがこの頃から好きだった。詞を書くのも。
音楽が純粋に好きだった。でも、学祭でライブやる程度であまり本格的な
活動もしてなかった。
高校になって、ギターを買ったことがあった。でも、あまり上手にならなかった。
とにかくうちは、勉強をしとけって言われた。バンドなんて不良がやることだと。でも、絶対コソコソでも音楽をやれたはずなのに。
ここでも、一つの後悔をしている。音楽をやれなかったことを。

高校の進学相談のときに、音楽の専門学校に行きたいと自分は担任の先生に
言ったらしい。でも、「音楽じゃ食べられないよ」と言われたらしい。
たしか、高3の時は悲劇だった。うちは母子家庭。母親がいたが、病院通いで無職。
兄貴はプー太郎。ばあちゃん、じいちゃんの年金で食いつなぐ。そんな先行きの暗い毎日。自分はどうしても、この環境を変えたかった。
だから、まずは自分が変わらないと思って一生懸命勉強して、大学行くことにした。
大学に行けば、必ず就職ができると思うし。自分が変わることで家族も変わってくれるだろうと。
大好きな音楽は聞くことがあったが、やることはなく、勉強にあけくれた。
でも、今思うとここでも、音楽はやれたはずと思った。また、後悔。。。

函館の某大学に入学。一応、公立だったから
もちろん授業料免除が当初から狙いだった。4年間、僕はお世話になった。
大学生活は時間にかなり、余裕を持てる。その分、色々と考えられる。
やはり、音楽が好きだ。それは変わらない。バンドを組みたくなっていた。
そこで、一つの転機が訪れる。ジャズバンドを組んでいる連中に出会う。
音楽の深さに酔いしれる。自分のはかなさを思い知らされる。
そして、ボイトレに通うことなった。こっからが俺の本当のスタート。
年齢で言えば、20?才ごろである。

そして、就職の時期になって、色々と人生を考えていた。今まで、
情報系のことを学んでいたので、それを生かそうIT系に就職。
でも、今まで自分にうそをついた生き方をしていたことに気がつく。
それはこの札幌という街で、いろんな人と出会って触れて気づいたこと。
そして、なんとなく生き続けて、夢もなくここまできた自分にたいして
ホントに後悔した。(研究者になる夢を見ていたが、それも自分にうそをついていたと思う)

だから、音楽を絶対続けようと思った。自分は歌が好き。
音楽をとおして、人の力になりたいから。そんなふうにこの4月から思った。

なんだか、長くなってしまったが最近の自分を出せたような気がする。
ごめん、人生を振り返ってしまって。
今日のレッスンの後、Amazing Grace聞きながら、街中で前に付き合ったことがある人と
すれ違って、ついつい考えてしまったことなのよ。
そして、駒苫からパワーをもらったこと。本当に感謝している。
明日も、頑張るよ。
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